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テンション低
さて、最近はテンションが基本的に低いみたいです。周りから指摘されたことはないのですが、自分で今日もテンション低いなぁと感じるわけです。なんだろう、学校に通うという一つの決まった作業が無くなり、一緒に気楽に遊べる仲間がいない状況がこうさせるのかもしれないですね。誰か大宮周辺で遊べる人を激しく募集したいですな。西口のアルシェ地下のドラムマニアでひたすらDream AgainとかDragon BladeとかのAdvをプレイしている上着脱いでマイスティック持参の長身男を見たら、ネットで変な文章を書いてた人だと思ってフレンドリーに話し掛けるといいと思います。

購買意欲というものが最近落ちています。本を読むスピードが相変わらず遅いために、欲しい本を探すという作業もしなくなり、人とコミュニケーションをとる機会がバイトのみという生活だからですかね。気力というものが湧き出てきていないのじゃないかと思う。なんだろう、問題を抱えてるわけじゃないしかといって目標があるわけでもない。あるといっちゃああるのかもしれないけれど、それに対する行動を起こすには今の状態はちとキツイ。誰か一緒に初詣に行きませんか?


永瀬の文章 | 02:37 | comments(0) | trackbacks(0)
久しぶりの更新
文章を書くタイミングって難しいですよね。一度更新を中断してしまった場所でまたこうして更新する。考えてみるとおかしなものですね。詩しか書けなくなったと言い残してこの場を去っていったわけですから。なのに、今このクリスマスという時期に詩のほうが書けなくなってしまった。

自分から文章を取ると何も残らない。そう思ってました。何が残るかとかそういうことは無くなってからでもわからないんですね。文章を書くことが困難になって、更新という行為自体をやめてしまえばそれはそれで何とかやっていけるものなんです。人間は適応する生き物だと言うけれど、やっぱりその通りなのかもしれませんね。必要不可欠だったものが無くなってしまった時、その状態に適応するために身体は変化するんです。パズルの無くなってしまったピースを埋めることはできないかもしれない。ピースがないと絵は完成しないけれど、その絵の完成図は想像できるわけです。想像できる部分で完成させてしまう。人間とはそういう生き物なんですね。

今になってやっと整理がついて気がついたことなんですが(本当はもっと前から知っていたのかもしれない) 僕にはとても好きな人がいました。今も好きなのかもしれません。それに気づかせてくれたのが僕にクリスマスにどこかに出かけないかと誘ってくれた女性でした。今のその女性との関係は友達以上恋人未満といったところなんですが、クリスマスである25日に東京近辺でまったりしてくる予定です。僕はこのクリスマスデート(?)のようなものにどうすればいいのか悩みました。好きでも嫌いでもない人と何処かに遊びに行くこととか本当にできるのだろうかと。2週間前に映画を一緒に見に行ったんですが、その時ですら僕は自分自身のことを考えていたんです。相手が楽しんでいるかどうかとかそういったことに全然無関心だったわけです。

腐れ縁の友人に言われました。「お前はそれでいいのか? 本当は前の事を引きづってるんじゃないか?」と。その詳細のことはいろんなことがありすぎて、そして、悲しいことに少しずつ忘れてしまっていってるんです。あの時に一緒に交わした言葉やその時の気持ちの高鳴りを。何であの関係が終わってしまったのか。僕にはわからなかったんです。

自分の何処が良いのか。自分のどこに魅力があるのか。欠点は探せば探すだけ出てくるもの。自分の魅力について把握している人はどれだけいるんでしょうか。知っている人はきっととても輝いているんだろうと思います。本人にそんな気持ちがなくても、周りから見てとても光って見える。とても魅力的な存在なんだろうと…。

僕は今、誰を好きで、誰を嫌いで、誰に好かれていて、誰に嫌われてるんだろうか。そういったことがだんだんわからなくなってきてるんです。それが文章をかけなくなっている理由かもしれないし、そうじゃないかもしれない。わけわかんないですね。

とにかく、気を張らずに自分をしっかりと持って明日を過ごしたいと思います。


永瀬の文章 | 03:59 | comments(0) | trackbacks(0)
詩しか書けなくなってしまったわい
文章を書くことが好きな人ではあるのだけれど、いったんスイッチが切り替わってしまうと偏った傾向の文章しか書けなくなってしまうのです。ある時は意味深な文章だったり、どうでもいいような話であったり、ニュースに関する自分の見解だったり、詩だったり…。今はその『詩』にあたる時期らしいです。


ということで、更新頻度の割合があからさまに詩のBlogの方が多くなり、こちらの更新がおろそかになりがちになってしまっているのです。申し訳ありません。
興味のある方は僕の詩も読んでみてくださいね



詩のBlog「雨と泪」


永瀬の文章 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0)
自分のスタイル
自分のスタイルがどういうものかよくわからないんだけど、それに人を巻き込むことはしちゃいけないのかなと思う。自分のスタイルで歩んでいくのは全然構わないのだけど、集団行動の時に回りに迷惑をかけてはいけない。自分がしたいからするだけで周りに目が向かないとやはりイカンね。

自分の意見を押し付ける。僕の場合でも自分の意見の正しさを一方的に決め付けてしまっている部分があると思う。それを人に押し付けている部分もあるのだろう。誰にも好かれる人間になりたいとは思わないけれど、人の気持ちがわからない人間にもなりたくない。そうなんとなく考えたんだ。


永瀬の文章 | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0)
ウサマ・ビンラディン声明に対する個人的見解
ウサマ・ビンラディンが1年1ヶ月ぶりに映像での声明を発表したらしい。
米国や米国の考えを支持する国が躍起になってビン・ラディンを捕らえようとして動いている情報が僕の耳に届かなくなってだいぶ経った気がする。
米国やその他の国がどのような捜索を行っていたかわからないけれど、これでまた彼の捜索が表面化しそうだなと感じた。

ウサマ・ビンラディンの声明要旨は以下の通り。

<ビンラディン容疑者の声明要旨>

 アルジャジーラが29日放映したウサマ・ビンラディン容疑者による声明の要旨は次の通り。

 アメリカ国民よ。私はこれから、戦いの原因と結果および、再びマンハッタン(の悲劇)を避けるための方策について話す。人間の暮らしにとって安全は重要な礎となるものだ。自由な人間は自らの安全を軽視はしない。我々が自由を憎んでいる、とブッシュ(米大統領)は言うが、それならなぜ我々は(自由な国である)スウェーデンを攻撃しなかったのか、説明させるといい。

 自由を憎むような人間が、あの(9.11の自爆攻撃に参加した)19人のようなプライドを持つことができようか。彼らの魂は神のもとで安らいでいるだろう。我々があなたたちと戦っているのは、我々が自由な人間であり、かつ我々の国に自由を取り戻そうと望んでいるからだ。あなたたちが我々の安全を破壊するなら、我々も同じことをやり返す。

 あなたたちには驚かされる。9.11から4年目に入るのに、ブッシュはまだあなたたちをだまし続け、本当の原因を隠し続けている。すでに起きたのと同じことが繰り返される理由は今もまだあるのだ。

 神は、かつて我々が(9.11のような)攻撃を考えていなかったことをご存じだ。しかし、パレスチナとレバノンにおいて、我々の同胞に米国とイスラエルの同盟がなした不正な行いや圧制を目の当たりにし、それがもはや耐えがたくなった時、私の中に(攻撃についての)考えが生まれた。最も直接、私を動かした出来事は1982年にさかのぼる。米国がイスラエルのレバノン侵攻を認め、米第6艦隊がそれを支援したことだ。

 この困難な期間に、言葉にはできないようなさまざまな感情が去来した。そして、それらは不正義に抗するという圧倒的な感情につながり、不正な者たちを罰するという強い決意が生まれた。

 レバノンで破壊された多くの高層ビル(タワー)を目にして、不正を行った者を同じ方法で罰するという考えが浮かんだ。米国でタワーを破壊することで、同じ思いを味わわせ、我々の子供や女性を殺害するのをやめさせようと考えたのだ。

 ブッシュとブッシュ政権を相手にするのは難しいことではなかった。我々の国の軍事政権や王政と同じだからだ。同じように思い上がり、高慢で、欲が深く、(公の財産を)使い込みする。これは父親のブッシュ(元米大統領)の時に始まっている。彼は(中東地域への)訪問で、王家や軍政が何十年も地位を保持していることや、公金をとがめられもせずに私していることをうらやんだのだ。彼は息子に、圧制と自由抑圧を譲った。そして彼らはそれを、テロとの戦いを名分に「愛国者法」と呼んだのだ。

 父親は、息子も国を統治するのが望ましいと考えた。そして、重大局面で使うため、アラブの選挙のごまかし方をフロリダに導入することも忘れなかった。

 我々は、ブッシュ米大統領と彼の政権が気づく前、つまり20分以内にすべての作戦を遂行しようと、全体の指揮官(で米同時多発テロの総指揮者)のモハメド・アタ(容疑者)と、意見が一致した。アタは、アラーの神に休養を与えられた。

 米軍の最高司令官は、二つのビルにいた5万人の市民が最も助けを必要としている時に、孤立無援の恐怖に直面させたままにしておいたが、これは思いもよらぬことだった。彼は、摩天楼への飛行機の突入よりも、(学校訪問で)小さな女の子の話に耳を傾ける方が大切だと考えていた。

 あなた方米国市民の安全は、ブッシュ大統領、民主党のケリー候補、あるいはアルカイダの手の中にあるわけではなく、あなた方自身の手の中にある。我々を痛めつけない国は、安全を確保される。

毎日新聞 2004年10月30日 19時26分の記事より声明要旨を抜粋。



今までの声明とは違って、米国民に語り掛けるような声明だ。
僕がこれを読んで感じたことは、戦争やテロ回避に少しばかりでも近づく可能性があるのではないかという事。
イスラム主義の国々と米国やそれを支持する国々との間に過去にどのような事があったのか僕はよくわからない。
イスラム主義側の声明とはいえ、米国の行動が間違っているのではないかと思わせる部分がある。

もちろん、ウサマ・ビンラディンの言うことがどれだけ事実かは定かではない。
しかし、自分の知る米国側の行動というものは少なからずともおかしいと思うのは事実だ。
ウサマ・ビンラディンの声明で語られている事が事実なのだとすれば、彼らの要求を良い方向に米国側が受けられたとしたならば、これ以降の戦争やテロ行動が少なからずとも減少させることができるのではないかと考える。

他にも色々と問題はあるはずだが、ウサマ・ビンラディン側と米国の問題は少なからずとも解決に向かう可能性が見えてきたのではないだろうか。
今後の米国側の反応やウサマ・ビンラディンの声明に注目である。


永瀬の文章 | 05:42 | comments(1) | trackbacks(0)
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